「ドライブ」→「グロリア」

  • 2012.04.24 Tuesday
  • -
  • 12:12
 「ドライブ」2011年
ひょっとして「ザ・ドライバー」1978年のリメイクかな?
と思ったのだが、7割がたその通りだった。
昼はカースタントマンで、夜は逃がし屋という男の物語。
原作はサム・ペキンパーの後継者的存在の、
ウォルター・ヒルが監督を務めた肝の据わった名作だ。
その時の主役はライアン・オニール。
当時メロウな役どころで世界的知名度を上げつつも、
私生活では喧嘩っ早いので有名だった俳優である。
寡黙で筋を貫く男。ブロンドヘアで端正なマスク。
虚無的であり静寂なる狂気を秘めた眼。そして孤高の一匹狼。
だいたいこんな感じの役だったが、今回も全くそのままだった。
まるで前作をコピーしたかのようなキャラクター。
偶然なのか、主役の俳優の名前もなぜかライアン繋がり。
どうしてもオマージュを感じてしまう作り込みだ。
7割がたは「ザ・ドライバー」なのだが、残りの3割は北野武である。
あるシーンなどはカメラワークから演出までそのまんまだった。
だが、猿真似的な間の抜けた印象は決して受けない。
それは、大真面目に真剣に「KITANO」に取り組んでいるからだ。
カンヌで監督賞を穫った模様で、欧州の批評家から激賞されている。
だが正直言ってそれ程のものかな?という違和感が、少し残る作品でもある。
しかしながら「ザ・ドライバー」と「KITANO」へのオマージュがたっぷりなので、
それだけで飯3杯イケる仕上がりぶりなのは確かだ。
底辺に流れているのはサクリファイス。この類いの作品で決して外せない要素だ。
「サクリファイス」つまり自己犠牲からくるやせ我慢こそが真骨頂であり、
それに耐えうるかどうかで男前度が決まってくるという仕組みだ。
「ドライヴ」の主人公は正に、そのど真ん中に位置していた。

数あるハードサクリファイス物でも、どうしてもはずせない一本がある。
「ドライヴ」を観た後どうしてもまた観たくなり、久々にDVDを借りてみた。

「グロリア」1980年
こちらの主人公は女である。
今流行りの女子ではない、マフィアのボスの元情婦である。
しかし、そのカラッとした気っ風の良さから裏社会で一目置かれた女である。
もう人生の折り返し地点を過ぎたので、貯めた小銭で猫と一緒に楽隠居中である。
そんな中、同じアパートに住む友人宅で悲劇が起きる。
マフィアの会計士をやっている旦那がその裏金をかすめ取り、
それがバレたので今度は裏口座が載っている手帳をFBIに渡そうとする。
しかしその前にマフィアに感づかれたので、
偶然居合わせたグロリアへ、一番下の男の子と手帳を託すのだ。
その後残った家族は、見せしめの為に虐殺される。
グロリアは裏社会の恐ろしさを、嫌というほど知っている。
だが迷ったあげく、友人の最後の頼みを全うする事を決意する。
すぐにマフィアの容赦ない追撃が始まる。
それを紙一重でかわしながら、絶望的な状況の打開を計ろうとする。
男の子と手帳を守る為、所構わず銃をぶっ放すグロリア。
元情婦らしく、強面の男達を女ならではの肉弾戦で煙に巻いていくグロリア。
も〜これがカッコいいのなんの。シビれるのなんの。
もう一度いうが、50に手が届きそうな元情婦である。
皺はあるし、体型だって崩れてきている。しかし、しかしカッコいいのだ。
右手で銀色の銃をぶっ放しながら、左手にはスーツケースを握りしめている。
スーツケースには急いで詰め込んだ着替えの衣装が入っている。
どんなぼろホテルに泊まろうとも、
ちゃんと衣装一式を出しバスルームの湯気でシワを伸ばす。
朝はちゃんと髪をとかし、化粧をし、最後に口紅を付ける。
そして気合いを入れて再び強面達とやり合うのである。
余計な演出が排除されているので、
おのずとリアリティが溢れて返ってくる。
主人公のグロリアを演じたのはジーナ・ローランズ。
ずしっと腰の据わった女優である。
監督はその旦那のジョン・カサヴェテス。
ニューヨーク出身でありながらアメリカ的商業主義を否定し、
インディペンデント映画の潮流を作った伝説的な監督である。
俳優としてもちょいちょい別企画に顔を出していて、
「パニック・イン・スタジアム」の特殊部隊の隊長役が印象に深い。
この作品では夫婦揃って仲良く出演していた。
本作「グロリア」では、ヴェネチア映画祭で金獅子賞を穫っている。
1998年にシャロン・ストーンでリメイクされたが、
かっこ良さではジーナ・ローランズの足元にも及ばなかった。
「レオン」1994年では、見事にパクられている....もとえ、原案となっている。
いずれにせよ、後々に多大な影響を残した傑出した作品といえる。
最初はぎこちなかった少年との会話も終盤には噛み合うようになり、
ドスの効いた裏社会の女はやがて母性に目覚める。これが全くいやらしくない。

久々に観終わって一言。しつこく一言。「ジーナ姐さん、カッコええぞ!!」

立派な年齢で「女子が〜」「女子会が〜」「男子が〜」などと言ってると、
恐ろしいほどの眼力でメンチ切られそうな、そんな姐さんでもあったな。。












「早くも春分」

  • 2012.03.20 Tuesday
  • -
  • 13:40
先日、計算錯覚学なるものを講じた、その名も「錯覚美術館」に行ってきた。
といっても大きな箱モノ展ではなく、
視覚に対するアルゴリズム的研究素材の展示がメインで、
そこに生じたアート部分はあくまで二次的な添え物といった感じのものだ。
全体としては、とても謙虚な雰囲気で好感の持てる箱だった。
そして、クリエイティブ系のお仕事に就いてる方は特にクスっと笑えると思った。
錯覚、つまり視覚効果の研究過程展なので、
あまりに身近で何となくスルーしていた疑問点を、幾つかは解消されるからだ。
体感し、経験し、少々のお勉強はしていたものの、
正に知っていたようで知らなかった世界.....といったものだ。
不可能立体、不可能モーションだったはずの実体模型。
ぐるぐる回っていると思いきや、ただ静止しているだけのパターン画。
下っているつもりなのに実は上がっている、いわゆるお化け坂の実態検証。
一番クスッときたのは、「錯覚素材」による縦横のバラツキ現象だ。
よく大判カメラなどで建築物を撮影する場合、
一度きっちり上下のパースを合わせてから上部をやや窄める作業をする。
アオリ機能のないカメラやレンズで撮影した場合は、後で端末で修正する。
そうしないときっちりパースを合わせた画は、
どうしても頭でっかちに見えてしまうからだ。(対象物は小さい場合は別)
よくチラシなどで、マンションの完成予想図のCGが載っているが、
きっちりパースを合わすというより、
きっちり線を引っ張っているのでやはり不安定に見えてしまうものが多い。
横の場合もしかり、ただしこちらは上下のバラツキだ。
これらを惑わす元凶は全て「錯覚素材」からくるものらしい。
そしてその「錯覚素材」は完全に計算によって抽出でき、
そこを取り除く事によってバラツキは収まってしまう。ただし輪郭はぼやける。
つまり ぼやけない線と点で留めておく限り、永遠に錯覚の中という事だ。
人は永遠にこの錯覚とお付き合いしていかなけれなならないらしい。
程よい手作り感とインタラクティブを施した美術館で、
ある意味コロンブスの卵的な実験計算アートを体験できた。(あくまでこじんまりと)

「錯覚」といえば、「思い込み」もそのニアイコールなカテゴリーに入ると思う。
よくのれんをくぐるラーメン屋があるのだが、
そこは実に中華そばが牧歌的で味わい深い。佇まいもしかり。
ちょいちょい映画やドラマのロケにも使用されてるようで、趣がある。
この6年間、間に定食系をちりばめるものの中華そば系の注文の繰り返し。
ふと考える「そもそもなんで中華そば?」...それは最初に触れ込みがあったからだ。
なので6年目にして初めて塩ラーメンを注文。これが予想以上の牧歌的懐の深さ。
驚いて次に塩ダレ系+野菜の旨味系のタンメンを注文。
するとどんぴしゃ、個人的見解の枠内だがこれぞこの店の一押しとなる。
いやはやちょっと得した気分になる。まるで新規店の開拓に成功したような感じだ。
塩ダレ系はそのシンプルさゆえに、腕の差が如実に出でくるので尚更だった。

腕の差といえば、昨日ロマン・ポランスキーの映画を観てきた。

「おとなのけんか」2011年 (フランス/ドイツ/ポーランド/スペイン)
正直あまり興味を惹かれないな、というのが第一印象だった。
それはなんとなくのプロットを聞きかじった時点での話。
ところが監督がポランスキーで、しかもワンシチュエーション物と判明。
ワンシチェエーション物とは裏を返せば密室劇となる。これはもう大好物である。
割かし喜怒哀楽を自由に放出できるスイッチは持っているのだが、
コメディやお笑い番組を見て声を出して笑うという事は非常に少ない。
ところが密室劇特有の煮詰まった状況下での、
たまにこぼれ落ちる抜けたセリフには大いに笑ってしまう癖がある。
タランティーノがまだまだ無名な頃、
渋谷の単館上映で「レザボアドッグス」を観た時が一番腰が抜けたかもしれない。
そして恥ずかしくなるくらいに大笑いした。
その後の「パルプフィクション」でブレークしたのだがその時はもう麻痺してしまい、
逆にオーソドックス過ぎて全然笑えなかったのを覚えている。(ちょっともったいない)
それくらい当時は衝撃的な密室劇だった。
ちなみにタランティーノ最近作の「イングロリアス・バスターズ」で、
カンヌ助演男優賞を穫った俳優が「おとなのけんか」にもメインキャストで出ている。
密室劇は塩ラーメンと同じくごまかしがきかない要素が多いので、
監督の技量すなわち腕の差によって大にもなるし小にもなる。
今回の監督はポランスキーである、なので多少強引だが間違いはないと踏む。
ポランスキーと密室劇。これは正に鴨がネギしょって来てくれたのと同様だと思った。
好きな酒と好きな肴、問答無用な絶対的食べ合わせ....みたいなものか?

開演。
右後ろのおっさんの息が荒い。その2つ右のおっさんの鼻すすりがうざい。
そっちの方でおとなのけんかでもおっぱじめようかと思ったが、
イントロのタイトルバックですぐに映画に引き込まれてしまう。
2組の夫婦が子供のけんかを発端にして、和解談合するところから始まる。
冗談が効かないリベラリスト妻と、ことなかれ主義の元ジャイアン夫。
体裁良く上品に生きたい最大公約数妻と、仕事に謀殺されるもその中毒が一番糧な夫。
この4人が最初は夫婦VS夫婦、やがて女VS男、そして多勢に無勢状態、反転して夫婦と、
ワンシチュエーションの中で2転も3転も変容していく。もちろん笑いどころも満載だ。
戯曲用に作られた本を原作者とポランスキーが映画用に脚色し、
それを舞台でなく映画用に揃えられた俳優達が、ごく自然かつキャッチーに演じている。
少なくとも青筋立ててぶちぎれるジョディ・フォスターと、
イメージ的に大丈夫?と思ってしまうタイタニック女優の体張り演技には目を引かれた。
男優陣もちゃんとボケ、ちゃんとツッコミ、ちゃんとダシの効いたお仕事をしている。
登場する4人4様のキャラクターは、今どき誰しもの隣におられる方だったりする。
もちろん己自身だったりもする。 エンディングも良好。
スパイラルなのだが、観客それぞれの想像を気持ちよく掻き立てられるものだった。

いや、よく笑った。しかしジャンルは何にせよ、
いい仕事を拝見するとやはりいい気持ちになるものだなとつくづく思うのだ。























「2012」

  • 2012.01.05 Thursday
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  • 10:24
 
「今年もよろしくお願いいたします。」

「ヒアアフター」2010年

  • 2011.12.01 Thursday
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  • 14:55
ヒアアフターとは[来世][これから][この後]といった意味合いらしいが、
要は昨今流行りのスピリチュアルを扱った映画である。
とはいっても監督がクリント・イーストウッドとなると、
やはりその辺はとても冷静で、リアリスティックに描かれていた。
良質なる寸止めが全編に渡ってしっかりと効いているので、
浮つきが極めて少なく、腰の据わった作品に仕上がっている。
いかんせん どうしてもこの類いのテーマは、
オカルト的もしくは宗教的な方向に落とされやすい。
だがイーストウッドは違う、決してブレないようだ。
非常にデリケートで眉唾な素材を、うま〜くアクを抜いて調理した感じだ。
つまり如何わしい部類は一切は掘り下げないで、
対比としてのインチキ霊能者を点在させつつも、
おそらくそれ位はあるだろう点のみに視線を落としている。

ただ冒頭の津波のシーンだけは、思わず言葉を失ってしまう。
今年の3/11の記憶が蘇り、胸が締め付けられる思いだった。
一見イーストウッドにしては珍しい過剰演出のようだが、
あのシーンがなければ少し説得力に欠けたかもしれない。
後プロデュースに、スピルバーグが参加している影響もあるのだろう。
どちらにせよ最初に圧倒的な事象と遭遇させられるので、
メインテーマに自然と辿り着きやすくなったのは確かだ。

物語は、三人の視点での同時進行形で描かれている。
一人は霊能者で、今はその才能からできる限り遠ざかりたいアメリカの男性。
一人は津波被害から生還する際、向こうの世界を覗いてしまったフランスの女性。
一人は失ってしまった双子の兄の現在を、どうしても知りたいイギリスの男の子。
それぞれがそれぞれの国で、似たような心傷の元に右往左往している。
しかしそれぞれがそれぞれに、僅かな目的や僅かな目標も持ち合わせている。

決して「絶望」などといった安易なテーゼではなく、
かと言って「幸福感」といった予定調和型でもない。
僅かな目的や僅かな目標は、それ自体が僅かな希望のようなものでもある。
そんなとても静かなテンスの中、三人はロンドンで交差する。
その僅かな何か(思い)が発端となって。

終わり方も秀逸である。
余韻を残すとは、正にこういう事なのだろうと改めて思った。


ヒアアフター

「一ヶ月前」

  • 2011.07.28 Thursday
  • -
  • 10:43
車の右フロント部分を、バック時に圧迫してしまった。
なんかフェンダーとバンパーが少しずれたような......。
すぐにディーラーで診てもらうと、完全に直すなら45万との事。
                   (こ、こりゃすごい....)
しかしどうせ直すなら元通りが良いので、保険でゴーサイン。
一回仕上がってきたのだが、左リアに小さな傷を発見。
これまたどうせならと再入院。
なんだかんだで3週間程の長期療養。
こちらは久しぶりの満員電車通勤となる。

同じく一ヶ月前、
上のちびっ子が某大手ハンバーガーチェーンのCMに出演。
おまけのグッズ見てからの、デフォルメスマイルもの。
このクライアントでこのグッズって、
前に自分もポスター系で撮影したなあ。
と、なにやら感慨深く思い起こす。

そのどちらもが、本日が仕上がり日。
取り合えずは、めでたしめでたし。。

そういえば先日、人気沸騰中の学生アイドルグループを撮影したのだが、
ちびっ子にはど真ん中だったみたいで、
前の晩に全員の似顔絵付き手紙を書き、渡してほしいとせがまれる。
当日は運良くタイミングがあったので、
タイトな撮影スケジュールの合間を縫って渡せれる。
それは一様に喜んで頂けた。
後で考えると、まるで作為のないの一石二鳥のようだった。